今朝の黙想26

5月16日(月)

「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。」ダニエル10:12
幾ら祈っても答えが無いとき、祈りは本当に届くのかと不安になることはありませんか。安心してください。あなたの祈りは、祈り始めたその瞬間から神様に届いています。そしてどんな妨げがあっても失望せずに祈り続ければ必ず神の最善がなされます。


はいっ!わかりましたー、主よ!!
夫に最善の仕事の道が開かれるようにとずっと祈っているが、まったく先が見えてこない。アンテナを張り巡らせて、聖霊の導きを求めているが、動きはない。
今回のこの仕事の件に関しては、例えば、具体的にハローワークに行ってみるとか、求人案内で探してみるとか、そういう人間側の動きをせずに、祈りによってだけ、導きを得たいと願っている。
腹だけくくって、アンテナを張り巡らせる。
これに徹しながら、尚も祈っていこうと思っている。

今朝の例想にあるように、「祈り始めたその瞬間から神様に祈りは届いている」このことを信じようと思う。
神様が最善へと導いてくださることを信じます。

教会も、牧師先生の就任式を無事終え、いよいよ始動しだしたが、まぁ、予測どおり(笑) トントントン スコンスコーンとはいかないようだ(笑)
胃がキリキリするけど(笑)
自分の持ち場、自分の使命をまっとうできますよう、聖霊様、助けてください。
あ、そっか・・・。
ペンテコステの礼拝だったのに、なんだかなー、聖霊で満たされるをことを求める事より、現実問題で右往左往してた自分がいるなぁ・・・(涙)
主よ、あなたを求めます。
どうか、聖霊で私を満たしてください。
クリスマス→イースター→ペンテコステ
ペンテコステが完成であり、一番重要なのに・・・。
主よ、そのことに、もっと目を開かせてください。
尊き主イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン。


5月18日(水)

「わたしは砂浜を海の境とした。これは永遠の定め、これを越えることはできない。波が荒れ狂っても、それを侵しえず、とどろいても、それを越えることができない。」エレミヤ5:22
主は荒れ狂う海に小さな「砂粒」で越えられない境界を作られました。今、困難にあっていますか。神様は、砂のように小さなあなたの涙と祈りをもって越えられない境界を作り、災いからあなたを守ってくださいます。


あーめんあーめん!!
hallelujah!!
聖書の冒頭。「はじめに神が天と地を創造した」
私はこれをそのまま信じている。
先日、brotherタイスケと教会の兄弟姉妹と、この話になった。
結論は、「やっぱさ、最初の出だしを創った方がいるよね」につきた(笑)
アダムとエバが楽園から追放される時、神様は人類救済計画をアダムとエバに語られた。
創世記3:15
原福音といわれている箇所だ。
「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」
神様が、蛇(サタン)に宣言している箇所だ。

イエスキリストの十字架は、人類の罪の贖罪だけでなく、悪魔への勝利、悪の力への勝利であった。それは、創世記のこの箇所で既に約束されていた。
旧約聖書は、その約束された「メシア」を待ち望んでいる書だ。人類の歴史と人類の罪が書かれている。そして、まさにその「メシア」は「ナザレのイエス」であり、そのお方は神様の約束のとおり十字架にかかられ、死にて葬られ、黄泉にくだり、3日目に死人のうちより甦り、天に上り、全能の父なる神の右に座している。その後、ペンテコステ(聖霊降臨)が、イエス様が約束されていたとおりに、弟子たちに語られたとおりに、主が復活されて50日目に起こった。その聖霊は私達の中に住んでくださる。

こう信じているのがクリスチャンである。
そして、「信じる」だけでこの計り知れない神様のご計画の中に招き入れられる。だから「福音」「ゴスペル」なのだ。「良き知らせ」なのだ。

私はこの「良き知らせ」「福音」「ゴスペル」これを受け取ってから、人生が変わった。人生観が変わっただけでなく、実質的に変わった。
そして、信じることが出来たことを心から主に感謝しています。

主をほめたたえ、主を賛美しますー!!

hallelujah!!


5月19日(木)

「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」詩119:71
現代経営の父ピーター・ドラッガーは「すばらしい人こそ多くの失敗をする。なぜならその人は新しいことに多く挑戦するからだ。私は失敗のない人を高い地位に昇進させない。なぜならその人は平凡な人に違いないからだ」と言います。失敗を積極的に受け取ろう。失敗から教訓を引き出そう。失敗は財産になり得ます。


はいっ!!
主よ、感謝しますー!!

ここ最近、元気そうに過ごしている私であるが、心の中は穏やかでない(笑)
いや、正確にいうと、先週土曜日の教会の執事会から、私の心は騒いでいる(笑)
口先だけで言ってることがコロコロ変わる利己的な人が、あたしは嫌いだ(笑)
結果(数字で現われるもの、目に見える成果)を重要視する人が、私は嫌いだ。
嫌いで嫌いでしょうがない(笑)
正直者はバカを見るこの世で、どれだけ主に忠実に、目に見えない、人の目に写らない所を、バカを承知でやっていくことが出来るか・・・ここにチャレンジしている私にとって、今は試練の日である。

「苦しみにあったことは、私にとって幸せでした」と、今通っている試練においても言える日が来る事を信じます。

主に信頼し、主に期待します。
主の御名によって祈ります。
アーメン。


5月20日(金)

「神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。」1ヨハネ5:3
「好きこそものの上手なれ」。かの天才画家ピカソの少年時代、デッサンの練習で描いた紙で、なんと冬の間ストーブを燃やすことができたそうです。つまり絵を描くことが好きだったのです。好きになれば必ず成果が生まれます。あなたにとって「好きなこと」とは何でしょうか。


私にとっての「好きなこと」は、音楽だ。
そして、一人でピアノを弾くことよりも、アンサンブルで音を楽しむことが好きだ。
他者のエネルギーと他者の音、そして自分が発する音が交じり合って、倍音が響いて、何十倍何百倍のエネルギーの振動数が発せられる時、鳥肌がたつ。

そして、これはもう天国の前味としか言えないのだが、同じお方を見上げてそのお方を賛美する時、聖霊が働き、天使が共に歌い、人間同士だけの音ではなくなる。
まさに、「賛美のなかに住まわれる主」を体験する時となる。

だからゴスペルを歌うことが大好きです。(笑)

ですから、主よ。
きっと私は、ゴスペルに関わることをとおして、神様を愛することを実践していくのだろうな・・・と今朝思いました。
神様が私の上に立てておられるご計画がこの身に成就しますように。
主よ感謝します。
hallelujah!!


5月21日(土)

「神は民を、葦の海に通じる荒れ野の道に迂回させられた。」出エジプト13:18
思い通りにゆかない事柄あります。でも思うままにならないからこそ、人は自分より大きなものの前に謙り、そのご計画に委ねる心が起こってきます。思うままにならないからこそ、人は自分の「分際」を思い知り、他人の弱さにも寛容になれます。思い通りにゆかないからこそ人生が豊かになります。


あーめん!!
ここよね、ここ。
神様は私を愛してくださっているので、私が未熟な人間でいることを願わない。人間の親でさえ、自分の子供に自立した成長した人格に育って欲しいと願って、子供を育てる。
全能の、天と地を想像され、私自身を造られたお方が、私を成長させようとしてくださり、様々な試練をとおらせる。
イスラエルの民が、出エジプトした時、地図上では一週間あれば歩けるはずの距離の道のりを、40年かけて歩かせられた。
神様は、このように、ご自身の子供にねんごろに関わって、その人の人生を豊かにしてくださる。
神様は、遠回りをさせる。あえてさせる。
これは神様の大きな愛である。

出エジプトの指揮を任命されたモーセも、神に用いられるためには訓練期間が必要だった。そして、モーセが神様から召命を受けたのは80歳の時だ。

このことを思う時、私はまだ、たったの41歳だ。
今通っている試練は、必ず何かに繋がっているはずだ。

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」
詩篇37:5

詩篇37の続きに目がとまった・・・

「主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。悪を行う者は断ち切られる。しかし、主を待ち望む者。彼らは地を受け継ごう」

わかりました主よ。今は忍耐の時。今わたしが成すべきことは、怒りを静める。憤りを捨てる。腹を立てない。
わかりました主よ。ここですね。
主を待ち望みます。私に上から忍耐することが出来るように、力を与えてください。今朝も、ひどい頭痛なんです・・・。
主よ、助けてください。私の心の中に怒りや憤りがあって、それが自分を苦しめます。主よ助けてください。御血によってわたしをきよめてください。
イエス様のお名前によって祈ります。
あーめん。


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